感染列島制作に関わった皆さまへのインタビュー!vol.1
制作主任 中島正志さんへのインタビュー
年の瀬迫る12月19日、「感染列島」の制作主任中島正志さんが新潟市を訪れました。映画の公開を一ヶ月後に控え、撮影当時お世話になった方々に挨拶をし、キチンと公開の報告をしたいと東京から訪ねて来てくれたのです。早速、撮影当時の話を聞いてみました。
Q:新潟市をロケ地にした理由は?
A:旧新潟市民病院がまるまる使用できたことではないでしょうか?この映画は病院を舞台にしたお話ですから今のところ関東であれだけの規模の病院を撮影に使用できるのは不可能ですから。
Q:最初に新潟市に入った時の感想は?
A:1月中旬に入ったのですが、その時期にも関わらず雪がまったくないのでビックリしました。新潟市に来ること自体、初めてだったのですが、とにかく雪国というイメージがありましたもので。
実際に来て感じたことは新潟市は長期ロケに適してる土地だと思ったことです。ロケというのは「衣・食・住」です。これは俳優さんも含め、スタッフには大切なこと。新潟は日本海の魚がおいしい、米がおいしい、市内はホテル多いし宿泊施設が充実してます。加えて「感染列島」の場合はロケ地(旧市民病院)が新潟駅に近かったので東京からの出入りの管理がうまくいった。ロケ全体のベースが組みやすくて良かったです。
Q:ロケ中の思い出など、何か?
A:思い出というか、新潟市の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。大勢のエキストラの方々は勿論、撮影開始までに、あるいは撮影期間中も多方面で尽力してくれた方々、病院のセットの飾りこみに何日間もボランティア参加してくれた市民の皆さん。あらゆるところで市民の方に手伝っていただいて、この映画は完成しました。凄くありがたいと思ってるんです。
中島さんの今回の挨拶回りは「公開前にどうしてもやっておかなければ」と、単身いらっしゃいました。その心遣いに逆に感謝!私たちも「映画作り」に参加できたことの喜びを感じるのです。
「感染列島」撮影立会い記 にいがたロケネット 矢部孝男
「感染列島」の撮影は3月29日~4月6日と5月18日~26日の2回の期間に分けて行なわれましたが、私が参加したのは前半の3~4月の撮影です。役割はにいがたロケネットとして市民エキストラをケアするという意味の立会いです。
この前半の期間でもあらゆるシーンが撮影されました。冒頭(多分)のなにげない病院のシーン、発病した都民でごったがえすシーン、すべてのベッドで人が苦しんでいて、更に患者はあとを絶たないというシーン。ネタばれしそうなので場面説明はこれくらいで。エキストラは大部分が患者役ですが、それ以外にも医師、看護師、病院の職員などに振り分けられました。毎日やってきて日替わりで全部の役をやった人もいました。
患者の役も千差万別。発病直後・進行中・重態など、メイクによって違いを出します。たくさんのエキストラのメイクは新潟市内のメイクアップ・アーチストの方々が担当してくれました。めったにない機会だということで率先して参加してくれました。
メイクをほどこされたエキストラは衣装も着て、控え室で待ちます。この控え室で待つエキストラをケアしてくれたのが制作サイドで募集したエキストラ担当のスタッフボランティアです。毎日5~6人が待機して人数の確認、食事・お茶の準備、トイレの案内など、エキストラの面倒を見てくれました。
この前半の撮影でも日によって100人、150人のエキストラが来ましたが後半5月期の撮影では述べで前半の倍だったと聞いてます。地元参加のスタッフは大車輪の活躍だったと思います。
登録日: 2009年01月15日 06:33